2008年6月2日月曜日

肥田式強圧微動術

しばらくぶりです。祝手内というのは、実際はどういうことをしているのか、うまい説明はないものかと考えていましたが、戦前の偉人、肥田春充翁によって示されていました、『強圧微動術』という方法がありました。
体の軸や重心を揃えるのに、参考としたのは肥田式強健術の中にある丹田にある実の重心と、首にある虚の重心でした。

普通の整体術では、そこに効果的に調整してゆくのはなかなかでしたが、施術中にふと思い立ってしてみると、思うように反応があり、その時から今の方法を使い始めました。
そのとき施術した人も、もう何年も友達として付き合っていますが、施術直後は殆ど感想といっても『なんとなく軽い…かな』でしたが、四日間にわたって、日々体が軽くなっていったと、毎日報告をいただき、その効果と方向性を確認したものです・

2008年4月10日木曜日

芦分舟…あしはあしでも足なんですけど25

人に教えると、よく理解できるといいますが、私のしているやり方を人に教えるという機会に恵まれるというか、やりたいという奇特な青年がいまして、事ある毎にやり様を伝えています。もっとも、私自身が、色々なやり方を開発しつつ、整理しつつ行っているので、もしかしたら毎回言っている事が違っているかも知れないと思いつつしています。

外から見ると、やっている事は単純なのですが、いざやるとなると、思うようには行かないと言う事です。
私が、病客となって、足を預けてわかったことですが、ただ持たれると言うのは、意外に緊張すると言う事です。

力を抜いて、足を預けてくださいといっても、私の動きに合わせて足を動かしてくれる人が結構いますが、うまく振ってゆくと、そのうち勝手に力が抜けて、足を預けてくれるようになります。強引にやるよりは、病客が、自分の体について、段階的に、何かしらの非日常的な状態を受け入れるようになってくれた方が、効果的でしかも、変化の深さが感覚的にわかります。

そして、教えて思った事は、私の場合は、ニュアンスや、意味の違う、いくつかの見立てを同時に展開して、それを見ながら、反応をチェックし次のアプローチを決めているので、一つ一つの項目は単純なのですが、活用は、どうもかなり複雑にされているようです。

それをする事で、病客の持つ世界観や自分自身に対する見立てを損なうことなく、施術を加えて、状態の改善に、一定量、与する事ができるようです。


桔龍屋記す

2008年3月26日水曜日

芦分舟・・・あしはあしでも足なんですけど24

やはり普段の生活の癖の中に、不具合の変化のためのキーを埋めておかないといけないと、改めて感じました。

この頃特に強く思うのは、こちらの考えている状態が、実にダイレクトに相手に届くのだなあ…ということで、想っている事しか起きないのだと言う感じです。想定外のことがあると、充分に影響を保持でkなかったりします。

意識、概念、を如何に扱うかということに、色々な物の見方が必要になる今日この頃です。


                                        桔龍屋記す

2008年3月15日土曜日

芦分舟‥あしはあしでも足なんですけど23

そのような体制で起こる緊張の緩和も、自ずと質の違うものになり、身体と言うものの本来持つバランスには見合わない状態にその基準を作り上げているのではないか、と、考えることが出来ます。ですから、痛みや不具合を有効に利用しようと言う発想はその辺りから来ます。

先日施術させて頂いた方は、腰左半分の複雑骨折で歩けなくなる予定が、脅威の自然治癒力で回復し歩けるようになった人です。それでも、五年前から、一番きつい鎮痛剤を一日三錠、服用しなければならないような痛みが残っていると言うことでした。
色々整体とか行かれたようですが、痛みが取れず、取れても話しているうちに、また痛みがでて来ると言うことばかりのようでした。

他の用件で私に興味を持って頂いたようで、その事のついでに、施術を受けてみようと言うことでした。

結果的に痛みはそのとき取れ、メールで様子を問い合わせたところ、次の日の昼間では何ともなく、くしゃみか咳を切っ掛けに、痛みがでるようだったので、用心して薬を服用したと聞きました。
痛みはあるものの、その痛みは、激痛だった以前よりだいぶ軽減したと言うことで、喜んでらっしゃいました。

さて、そのときの施術は、恐らく事故のときの状態を身体が深く記憶しているために、なかなかその処理を終えないのではないかと言うことで、色々話しました。

施術後歩く姿をみて、そこに取りこぼしていた日常生活の動きがあり、無痛状態はなかなか続きにくいなと思いましたが、やはり普段の生活の癖の中に、不具合の変化のためのキーを埋めておかないといけないと、改めて感じました。首の骨と腰から仙骨の領域は相似的に捉えることが出来着るので、首周りのストレッチを御願して、一回目のセッションは終了しました。

桔龍屋記す

2008年3月5日水曜日

芦分舟‥あしはあしでも足なんですけど22

手法が大事なのではなく、実は、どの様に見立てているかと言うことがやっていることの90%以上です。それをどの様に共有するかと言うことに、残りを使います。病客の感覚と意識の状態に、効果的な間合いで入ってゆく必要がありますが、どうも呼吸を読んでいればその間合いに入るようです。武術的に呼吸を観て相手の間合いに入って行く時と同じではないかと思います。

見立てが正確でも、病客のイメージと合っていないと効果自体があまり長続きしないように思います。特に私の場合は、相手の持っている癖そのものに、アプローチしますので、こちらに反応しているモノより更に深い部分の状況を探って行きます。

物事と言うものは、こちらのしたことにしか反応を示さないので、そのフェイクに引っかからない様に気を付けることが必要になります。

その意味で、施術自体が不快や痛みを伴うか、それとも、心地よさや、気持良さを伴うかは、その施術自体の性質を表す場合があります。痛みを伴う場合は、病客の身体を臨戦体制に持って行くことが、その免疫機能の活性化を促しますので、その方面の不具合には利きます。

一方、リラックスや快感を伴う場合は、身体を休息モードにしたときの免疫機能を活性化しますので、その方面の不具合に有効です。

現代人は、身の危険に晒されることなく過ごしているような錯覚の上に、生活を構築しているので、その仮想の中で予想され対処される危険にしか敏感には反応しませんから、食糧が手に入らないとか、他の動物に襲われるとか、毒物によって中毒するとかと言う、人間本来遭遇する生命的な危機に対しての反応をかなり歪んだ形で体現しているように思います。

そのような体制で起こる緊張の緩和も、自ずと質の違うものになり、身体と言うものの本来持つバランスには見合わない状態にその基準を作り上げているのではないか、と、考えることが出来ます。ですから、痛みや不具合を有効に利用しようと言う発想はその辺りから来ます。


桔龍屋記す

2008年2月28日木曜日

芦分舟‥あしはあしでも足なんですけど21

陰陽の差が認識できた後は、只それをバランス取れるようにすれば良いだけで、それを何処に基準を持ってバランスさせるかと言うことが大切になります。

実際、陰陽がそれを感じとる人自身に対して正確に読み取れていれば、あとは、どの様な対処も可能です。そのバランスを取ると意識が働けば、そのように術者の身体は働きかけますから、漢方薬の処方であれ、音楽療法であれ、どの様な手段でも、陰陽を見立てた時と同じ手法の流れの中にあるなら、利用可能です。

その意味で、手法は一定ですが、その活用は状況次第で常に変わります。
手法が大事なのではなく、実は、どの様に見立てているかと言うことがやっていることの90%以上です。それをどの様に共有するかと言うことに、残りを使います。病客の感覚と意識の状態に、効果的な間合いで入ってゆく必要がありますが、どうも呼吸を読んでいればその間合いに入るようです。武術的に呼吸を観て相手の間合いに入って行く時と同じではないかと思います。

ということは、最初に掴むときに探るのではなく、その前に、終了しているように見立てを、完了しておく必要があると言うことですね。この、意識の持続感は面白いので、今後常に使ってみます。

桔龍屋記す

2008年2月26日火曜日

芦分舟‥あしはあしでも足なんですけど20

だから、好きな事に置いて起こるストレスは成長へと導きますが、不本意なことをして起こるストレスは停滞以上のものをもたらさないようです。

さて、いままで、色々並べましたが、実際思う以上に、身体には染み着いた思考パターンがあります。そういう状態を理解した上で接する必要があります。実際にどのような手順で、身体にアプローチしてゆくかと言うと、触れた場所から、まず陰陽の差を読んでゆきます。これは針灸などの東洋医学で行われる物と共通しています。皮膚感覚による、左右の大小や、熱さ冷たさ、張り具合、硬さ、湿り気、触れたことに対する反応、等、感じれることの全てをそこで感じます。
そして、そこから延長して身体の中の状態を、探ってゆきます。意識を向けると反応があります。それを音として感じたり視覚的に感じたり、触覚として感じたり様々ですが、私の場合は専ら、色、形で感じる方が多いです。探っているときは音的に感じているようですが。

陰陽の差が認識できた後は、只それをバランス取れるようにすれば良いだけで、それを何処に基準を持ってバランスさせるかと言うことが大切になります。

痛みを取ることに集中すると、折角の生体反応を阻害する事もあり、根本的な解決を先送りすることにもなりかねません。

基本的に必要なのは、重心の取り方で頭部と腰部それぞれの重心に合わせる事です。それが呼吸と揃う必要があります。

実際に整体術をするところは、背骨をどうこうするわけで、手順としてはこの三つが含まれていますが、あまり良く感覚された上で施術はされていないようです。

それを合わせる時に、身体の癖に乗せて、自覚させながら誘導すると、良い結果に結び付くようです。

またこれは私の考えですが、今痛みが取れるより、生活の中で回復して痛みが取れた方が、有用であると思うのです。施術完了時をピークとするのではなく、それから日常に戻ったときに、その癖を利用して経過し痛みが取れると言う、後からピークが来るようにしています。個人差はありますし、同一人物でも、その時々で差はありますが。


桔龍屋記す